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I'm Mr.Noone Special…

アーティクルで表示 3月, 2008

「すーちゃん」とその続編にあたる「結婚しなくていいですか。―すーちゃんの明日」を読んだ。 30代半ば〜後半の女性が主な登場人物の淡々とした素朴な4コママンガのお話。 素朴なので、沁み入ります。 「すーちゃん」の方は、すーちゃん(カフェ勤務)の自分探しが半分テーマになってます。友達として登場するまいちゃん(商社で営業OL)は頑張ってる感じで疲れてる感じ。二人揃って日々の疲れがたまって「自分これでいいのかなー」という感じの内容。 帰宅して玄関にクツを脱いだままにするという描写が二人にそれぞれ繰り返し出てきます。この二人の日々の疲れを表現しているのでしょう。自分もそういやクツを揃える習慣ないなと思ったので、早速クツの方向を揃えました。自分探しの前にクツを揃える方が大事な気がします。 「結婚しなくていいですか」の方は、老いがテーマになっていると思います。すーちゃんの昔の職場の友達のさわ子さん(経理OL)とヨガ教室で偶然再会するところから始まります。すーちゃんが老いについて考えを巡らせていきます。そしてさわ子さんのおばあさんが寝たきりで、その辺が並行に展開していく感じです。 なんでしょう。素朴ながらも爽やかな感じが私には好印象でした。男女関係で些細なことが許せなかったり、寝たきりで痴呆になっててもその人を尊重する気持ちとか。そういうところに共感できます。 すーちゃん posted with amazlet on 08.03.30 益田 ミリ 幻冬舎 (2006/04)売り上げランキング: 447 おすすめ度の平均: リアルな日常のひとコマ いたい、いたすぎる ありのままの自分は好きですか? Amazon.co.jp で詳細を見る 結婚しなくていいですか。―すーちゃんの明日 posted with amazlet on 08.03.30 益田 ミリ 幻冬舎 (2008/01)売り上げランキング: 44 おすすめ度の平均: こころが優しくなります わんぎゃん泣いた。 まさに私のことです! Amazon.co.jp で詳細を見る

AddClips ソーシャルブックマークボタン統合サービス AddClipsを導入してみました。 WordPressのプラグインも悪くなかったのですが、なんとなくソーシャルブクマも際限なく増えてるようなので、インストールとかなしで対応できるJavaScriptなサービスの方に変更してみるテスト。

Mobile Monday Tokyo 帰り道で偶然出会った知人に新生銀行までうっかり連行された。 なんか英語の3分間プレゼンテーションが以下のカテゴリーで展開されまくっていました。 スタートアップカテゴリー :: アーリーステージのファイナンシングを行って最近設立された企業 エマージングカテゴリー :: シリーズAのファンディングが完了し、シリーズBの前のステージにある企業 アカデミックカテゴリー  :: 大学在学中の学生 このプレゼンの後に、モバイルから良かったプレゼンに対して投票して、懇親会を挟んで1時間後には投票結果から表彰するというシステムが何気に素敵でした。 客層は8割が海外の方でした。日本は「日本の携帯電話はガラパゴス化したとか最初に言い出しのは誰かのう……のう、ファー様 – ARTIFACT@ハテナ系」という感じの国なのに、こんなに海外の方が…みなさん凄いビジネスやる気満々でした。 日本人はというと、技術系の人がちらほらとあとはエスタブリッシュメント層で英語を嗜んでる感じの方々が中心でした。 眼下に広がる日比谷公園とか。

自身の出身が北陸地方なんですが、魚介類が無条件に美味しい場所です。魚介類の美味しさはほとんど鮮度で決まるので、単純に魚場や市場に近い地域では魚介類は美味しいかと思われます。 で、首都圏方面に出て来て最初の3ヶ月ぐらいで食生活の充実を諦めました。全てがあまりにもマズくて。 まあそんな食生活諦め生活を送っていたわけですが、この冬あたりから美味しい魚介類に恵まれる機会を得たりしています。そんなわけで東京で美味しい魚介類を提供しているお店に出会うためのコツ。 路地裏的な場所にある、内装に凝っていないお店 ちゃんと仕入れをしている個人経営のお店 築地市場のお休みが水曜日が多いので、魚介類の鮮度が高そうな木曜日に飲食店に行くこと 「3」ですが、木曜日に仕入れて、週末に備える店が多いらしいです(お店によるかとは思いますが)。だから「美味しいな」と思ってた店に土曜に行ったら「アレ?」とか感じた自分がいました。 ↓それなりに参考になります。けど、自慢話が中心かも。 どうすれば本当においしい料理店に出会えるか (アスキー新書 044) (アスキー新書 44) posted with amazlet on 08.03.23 西部 一明 アスキー (2007/12/10)売り上げランキング: 22117 おすすめ度の平均: 激しくつまらないです 見る目を養おう 読前と読後、あきらかに Amazon.co.jp で詳細を見る

遅ればせながら参加報告エントリ。 早稲田のMBA、ナポリのサルトリア、MAZDAのデミオ:がっかりなイベント報告 FON NIGHT 2008 – livedoor Blog(ブログ) FONナイト’08はユーザフレンドリーじゃなかった – 埋立地の記憶出張版 漫画喫茶で夜を明かす – Ceekz Logs Going My Way: FON NIGHT 2008 当たり外れあっての人生よ。 お酒とお食事ありがとうございました。 おみやげありがとうございました。 本当にありがとうございました。 そういえば『レバレッジ人脈術』から引用 異業種交流会で人脈をつくるのはほぼ不可能 いい本です。 レバレッジ人脈術 posted with amazlet on 08.03.21 本田 直之 ダイヤモンド社 (2007/12/14)売り上げランキング: 463 おすすめ度の平均: ビジネスマン以外にはちょっと・・・ 情報が欲しければこちらから 人脈作りの基本がわかる本 Amazon.co.jp で詳細を見る

ロケスタ社長日記:放電コミュニケーションの時代 まだまだ「インターネット=2ちゃんねる」的な時代だった10年ぐらい前に、鴻上尚史さんがなんだったかの著書のあとがきで、「表現と表出は違う」という話から、インターネットにおける表出のあまりにもの多さを指摘していたのを思い出させられた。 おそらく、鴻上さんは表現と表出のことに対してはずっとこだわっているようで、下記のリンク先の書評で表現と表出に関しては理解できると思う。 真実の言葉はいつも短い/鴻上尚史/光文社: 愚か者の代弁者、西へ で、ロケスタ社長さんが放電ときましたが、まず表出はコミュニケーションではないということ。そして放電はコミュニケーション足りうるのか、とかをぼんやり考える。 表出はカタルシスを求める行動だとすると、放電は癒しを求めるコミュニケーション行為と定義できるように感じる。 「デジオ」という、自分ラジオPodcastを一時期物凄い聞いてたことがある。何が面白くて聞いていたかというと、デジオをやってる人同士がPodcastで話していることを通して、時差コミュニケーションをしている雰囲気が異様に面白くて聞いていた。デジオの中の「デジオ英会話」というPodcastで、この方はアメリカ在住の日本人女性だったと記憶しているのですが、この方がデジオについて職場の同僚であるアメリカ人に「それはあなたにとって癒しになるのか?」という質問を受けたということを思い出した。 twitterを始めたちょうど1年前に感じたことは、そのデジオにおける癒しのような感覚だった。コミュニケーションを強要されない場であるということ。表出なのか放電なのか境目はひどく曖昧だと思う。そして気軽にケータイからtwitterにつぶやいて癒しを求めるためにもtmitterを作ったという動機があったのかもしれないってのは、後から気付いたことだったりする。 ケータイ小説の書き手が書く動機は、表出なんじゃないかなと思ってる。表出にこそリアリティがあるのは間違いないだろう。 表出と放電はコミュニケーションを求めるかどうかという点で異なるのかもしれない。ただ成功しているケータイ作家は読者の意見を取り入れているようなので、必ずしも表出のみではないようではある。というか、表出にとどまると限界があるという理解でいいのかもしれない。 放電から始まるコミュニケーションは、なんかいいなあって思ってる。そこにはなんかいい感じのものが存在している。少なくとも強要をしないという前提のいいものが。

TBS RADIO 954 kHz|JUNK 爆笑問題カーボーイ 爆笑問題のカーボーイ自体をラジオで聞いたことはなくて、かれこれ1年ぐらいPodcastで週末の暇な時間とかに聞いてる。このPodcast自体はその週の放送の中で最も面白かったであろう部分のみを配信している模様。 先月ぐらいから新コーナーとして「人妻枠」という、人妻からの投稿のみを受け付けるコーナーが始まって、人妻であれば内容は問わないというスタンスだったのが功を奏したのか、異様におもしろくPodcastの方も3週ぐらいずっと人妻枠だけの配信だったりする。 必要以上に丁寧だったり、配慮に満ちあふれ過ぎている投稿の文章がまず面白い。それでいて基本どうしようもない下ネタ中心だったりするあたりも面白い。「ダンナが発情して困る云々」とか「セックスレス何年です」とかそんな調子。 とにかく、聞いてみるといいと思います。

自己啓発書やライフハック・エントリーが人気の理由 – Core 最近の読書的にはこの辺をオススメしたいかも。 自分探しが止まらない (ソフトバンク新書 64) 独身女性の性交哲学 「自分探しが止まらない」は、自己啓発とかライフハックへのアンチテーゼ的な一冊。 自己啓発の由来である、ニューソートとかその辺まで遡りつつ現状を解説してます。最後には梅田望夫もターゲットになってるような塩梅。 「やりたいことを見つける努力が何より大変」なのに「あいのり」で旅をしていれば自分を探し出せるという安直。ということを指摘している本書です。 「あいのり」に関しては、個人的にはあそこまでヒドい番組はないよ、とか思ってますがなんとまあ10年とか続いているんですね。 にしても「あいのり」の項目はなんつーか色々思わされます。「あいのり」でのキーワードは「ありのままの自分」を受け入れてくれることなんだそうです。ありのままの自分ってなんでしょうね。よくわかりません。 その割には「前向きに生きていきましょう」などと最後に締めてるので舐めてるのかと思いましたが、多分そこは著者の仕掛けた罠なんでしょうね。 ありのままの自分とかに若干気持ち悪さを覚え、弾さんのとこで見かけた「独身女性の性交哲学」を繋がりがありそうな予感がしてその後に読んでみました。 恋愛資本主義をストレートに取り上げていますが、それに対して自己啓発資本主義ってのもありうるんでしょうかどうなんでしょうか、よくわかりません。 かなり身も蓋もない内容なんですが、まあ日本にはそもそも「愛」という概念がなかったのが全てなんじゃないんですか、と思いたい。本書でもその辺にはふれられてます。 あまり引用したり言及しにくい本なんですが、あえて引用するなら以下。 恋愛感情なんていうものも、こうやって分析していけばいくほど、自分で自分を縛る縄みたいなものだって気づきませんか。 その他、あんまり書ける内容じゃないんですが、全面的に「幻想を抱くと負け」なんだなという印象。自己啓発ってのもなんらかの幻想を持っている人がハマるのだろうし。自分探しそのものが幻想なのかもしれないし。幻想に縛られてる感じ?幻想に縛られないためにはどうすればいいんでしょうかね。一人っきりや固定メンバーとしか日常顔を合わせないというのは良くないかもしれませんね。 なんだか人間ってのは、そもそもは単身で暮らす者ではなかったはずで、単身者が増えてることでおかしなことになってるんじゃないかなあというようなことを、年配の方が言ってたけども。「人間は誰かと暮らしている状態が普通なんだよ」と。 ま、でも、現実とか他人のありのままの自分を受け入れるのって難しいですよねー。 自分探しが止まらない (ソフトバンク新書 64) posted with amazlet on 08.03.11 速水 健朗 ソフトバンククリエイティブ (2008/02/16)売り上げランキング: 1118 おすすめ度の平均: 自分探しや自己啓発は自然な流れ 「自分探し」ビジネスのあざとさ 己を知るということの難しさ Amazon.co.jp で詳細を見る 独身女性の性交哲学 posted with amazlet on 08.03.11 山口 みずか 二見書房 (2007/11/30)売り上げランキング: 4420 おすすめ度の平均: こういう切り口のものがあってもいいのでは Amazon.co.jp [...]

Hack Attack : Install Leopard on your PC in 3 easy steps! | dailyApps 以下、惰訳 LeopardのDVDImageを作って、patchのzipファイルを入れたUSB FLASHドライブを用意する。 そのDVDImageをDVDドライブに入れて、起動してF12でBIOSにする。 DVDが起動してインストーラーが動き出す。しばらく時間がかかる。 言語とかをカスタマイズしたりしなかったりする。 これでLeopardのインストールは終了。 再起動の前に、USB FLASHドライブをPCに接続しておく。 インストールしたLeopardにこれからパッチをあてます。 インストール時と同様にDVDから起動する。 DarwinBootloaderが起動するのを待つ。 一旦F8を押す。すると、プロンプトが見える。「-s」と入力すると、Verbose(冗長)モードでDVDが読み込まれる。いくかのエラーが見られる。でも特に気にしなくていい。 するとあなたの選択した言語で読み込まれる。そしてWelcomeスクリーンが表示される。そいで、ApplicationのUtilitiesからTerminalを起動しよう。 Terminalを起動したらUSBドライブを覗こう。そのためのコマンドは以下。 $ cd .. $ cd .. $ cd Volume $ cd Pacther $ cd files これでパッチを当てる準備は完了。あとは以下のコマンドを入力すればパッチが入る。 $ ./9a581PostPatch.sh このパッチが動いている間、以下のファイルを消すこともできる。 ACPUPowerManagement.kext パッチスクリプトが終了したら、再起動後にもLeopardが立ち上がるようになります。 =============================== 惰訳以上。 なんかパッチのzipファイルがねーよという声がコメントに寄せられています。 自分もよくわかりません。 なんか、パッチの入っている、DVDImageとかを作った方もいるようですね。 [...]

何冊か読んだうちの以下3冊を中心にしたまとめ。 なぜケータイ小説は売れるのか (ソフトバンク新書 63) 大人が知らない携帯サイトの世界 ~PCとは全く違うもう1つのネット文化~ [マイコミ新書] (マイコミ新書) ケータイ業界52人が語る「戦略」の裏側 PCでのネット文化とケータイ文化の乖離がはんぱないことになってきているという印象を強く抱かされた感じで、自分自身がPCでのネット文化にどっぷりな人間だったので、ケータイ文化をちゃんと知るいい機会になりました。 ケータイ文化は基本的に日本全国で展開されていて、ケータイ小説が売れるのは東京よりも地方なんだそうです。「地方には遊ぶ場所がない」というのはその通りで、首都圏に引越して2年半ほどの私もそれには同感。東京にはないものがないなあという感じで、地方都市の娯楽がカラオケとかショッピングモールの映画館とかパチンコぐらいしかない。首都圏の人口が3000万人程度なので、単純にケータイ文化が地方を中心に盛り上がっていることになる。 ケータイ小説の書き手が18~19歳の女性10万人ぐらいが中心だそうですが、簡単な計算をしてみると20人に1人ぐらいになります。だから学校の1クラスに2人くらいいるってことですね。それぐらいなら普通にいそうです。 自分の中のイメージとして、ケータイ文化は高校生までと、高校を卒業して大学に行かない(行けない)人たちが中心になっているのかなと思ったら、実はそうではないらしく、大学に入ったり、就職したりしても「PC=ビジネスの道具」という考えがケータイ文化中心の人たちにはあるそうです。 さらには、PCの場合はネットに接続するまでの手続きがそれなりに面倒だったり、家にPCがあったとしても自分専用として使えるわけではなかったりすると。ケータイは端末を買った時点でいきなりネットに接続できるので、ケータイ中心でネットを使うことになるのでしょうね。ケータイを持った上にPCを持つ(しかも数年もすれば買い替えないと使い物にならなくなる)というのは金銭的にもこれからは難しくなっていくようにも思えるし。 ケータイ文化とかケータイ小説に関しては、正直なところ危機感を覚えまして、なんかもう即物的でジャンクな感じがして、文化とか教養とかそういうものが全くなくなってしまうんでないか、ということを感じました。日本大丈夫か?ってとても感じる。そしてここまでケータイ文化が発達してしまっている国は日本だけだそうだし。 ケータイ小説自体は「救済のための物語」だと分析されていて、つまり生きていることになんか漠然とした不安があって、無意識からの救いが欲しくて読まれているとのこと。それで救われて、立派な単行本をファンアイテムとして購入する。早い話が宗教なんですけど、それで救われるなら安く済むという印象。 逆にPCでのネット文化どっぷりな人は自意識とかが発達していて、その自意識が行き着く先のニヒリズムに陥っているという指摘もされていますが、これを解決とか解消するには何かを作り出すことが一番なんじゃないかなと個人的には思ってます。 ケータイとPCの融合的な話としては、「イー・モバイル超頑張れ」という感じ。主要3キャリアによって阻まれてる部分がかなりあります。規制まわりに関しても、イー・モバイルは不利な状況のようです。 iPodTouchを触る機会が最近よくあって、あれがそのままiPhoneになるのでしょう。その過程でなくなっていくものはそれなりに想像できます。その中でどんな新しいものを生み出すかが重要。ただ、色んな人とPCとケータイの融合的な話をすると「あと2年」と良く言われますけど、現実のハードレベルではそんなに簡単に変わらない(5年ぐらい)と個人的な勘では思います。携帯キャリアは必死で既得権益守ってくるでしょうし、キーボード付きのケータイデバイスはケータイ文化の人間には受け入れられないのではないでしょうか。 ケータイ文化自体はPCとの融合があったとしても、大勢力として存在し続けることになるでしょう。PCでのネット文化はやはりビジネスユースというか、自分的にもメインで使ってるのはタスク管理、ネットのブログ閲覧/投稿とかなので、2割の人間が好んでPCを触るという世界が待っていそうです。 そんなケータイとPCが格差を生むのかというと、デバイスの違いからくる情報収集の便利さという点においては、現状はケータイ文化の方が不利でしょう、PC文化の人間からすると時間がかかりすぎてケータイは情報収集には使えない。情報収集を必要としない人間がケータイ文化を形成するのでしょう。 なぜケータイ小説は売れるのか (ソフトバンク新書 63) posted with amazlet on 08.03.08 本田 透ソフトバンククリエイティブ (2008/02/16)売り上げランキング: 1526 おすすめ度の平均: ケータイ小説に興味が無い人ほど読むべき一冊 いつもの人たち ケータイ小説市場の解説本として一読に値する Amazon.co.jp で詳細を見る 大人が知らない携帯サイトの世界 ~PCとは全く違うもう1つのネット文化~ [マイコミ新書] (マイコミ新書) posted with amazlet on 08.03.08 佐野 正弘毎日コミュニケーションズ (2007/09/08)売り上げランキング: 1360 おすすめ度の平均: 子どもが手を出す前に‥ 歴史的価値もある良書 [...]